恋はいつでも初舞台(後編)
結婚式の朝が来た。
昨日から、何にも食べてない。水分もあんまり採ってない。
これが本当の干物女ね。
今日のお式は、お色直しはしない。
純白のドレスで式も披露宴も通すのだ。
食べちゃダメ。飲んじゃダメ。
折角痩せたんだから。最後の試着のときは余裕だったんだから。
・・・
結婚式は滞りなく進む。
バージンロード、嬉しかった。これは新鮮だねと、父がつぶやく。
お式のあとは、押し流されるように披露宴会場へ。
一度目の披露宴はお色直しの回数で揉めたけど、あれはあれなりにメリットがあったのだ。
私、トイレ近いんだよね。
・・・
披露宴が始まる。
来賓は七十人。まあ程々の人数。
正博の招待客が五十人。
私の方は、「またぁ!」と笑う気のよい友人とごく親しい親戚をかき集めた。
仲人は正博の会社の上司。
ちゃんとしなくちゃ。笑わなくっちゃ。
目の前にはおいしそうな料理が並ぶ。
一度目のときだってほとんど食べなかった。暗黙の了解。
だけど今、こんなにあなたを求めてるのに。胃袋が。
飲み物に少しだけ口をつける。ゴクゴク。あ、飲んじゃった。
…どうしよう?!トイレに行きたくなってきたよ!
正博に必死で合図を送る。目線で。ダメだ。足を踏んじゃえ。
正博がこっちを向く。どうしたのと目で聞いてくる。
「と・い・れ」口パクで繰り返す。
「ま・じ・で」正博も口パク。伝わったみたい。
しかし、どうする?!
・・・
新郎は新婦よりも自由に席をたてる。
皆様ご歓談の間に、正博はそっと司会者に歩み寄り耳打ち。
司会者の困惑の顔。私の青い顔。
どうしよう?なんとかして。トイレだよ。と・い・れ!
司会者は私に向かって首を縦に振った。
「さてここで、新郎新婦さまはお色直しのため一旦ご退場いたします」
私は正博に手を引かれ、出口へ向かう。
怪訝そうな顔をしているのは、うちの両親と正博のお母様だけ。
お父様はヘベレケ。
・・・
扉の向こうから余興のナントカ節が聞こえる。
担当のおばさんが待っていた。私の手を引いて、控え室へ。
ああ、その前にトイレが先よ!
控え室でおばさんに促されるまま、水色のドレスを着る。
ちょっと胸の辺りがブカブカだけど、もうそんなのどうでもいいよ。

「普通はドレスがきつくって、気分悪くなる人が多いんですけどね」
にんまり笑うおばさん。普通じゃなくてごめんなさい…って、失礼しちゃう!
・・・
会場のドアの前に正博が立っていた。
「とっても素敵だよ」と耳元でささやかれ、私は赤く、熱くなる。
幸せだ。
「新郎、新婦さまのご入場です!」
高らかに司会者が謳う。これが本物の、はじめての共同作業。
人生で一番晴れやかな気持ちで、私は正博の腕を掴み、ひな壇へと向かった。
―Fin―