老眼鏡の花嫁
安物。はっきり言って安物。
確かに私はそういう意味のことを言った。だからって。
・・・
「おう、言ったな。確かに言った。だから買ってきた」
それは昨年の秋に買ってもらったオパールの指輪。
影文の収入を考えると、別に安物という訳ではないのだが、というか、安くない。
まったく申し訳ないことを言ってしまったものだ。
とは言っても・・
まさか、1年置かずに別の指輪を買ってくるとは思わなかった。
しかもプラチナの結婚指輪だ。
目の前に置かれた茶色の箱に、私は驚愕した。
「だってお前、誕生日までに結婚したいって言ってたやろ。
だからと言って今すぐ結婚できる訳じゃないけどな。お義母さんのこととか色々あるし。
少なくとも俺はもう、いいなずけから卒業して旦那のつもりなんやけどな」
影文はにやりと笑って、早く開けろと目で促した。
私は白いリボンを恐る恐る解く。
中には、銀色に輝くリング。細身で繊細な彫りが施してある。
そして真ん中に小さな・・
「ダイヤ。一応な。0.03カラットらしいぞ」
そう言われればリングの真ん中にキラリと光る石がある。
これがダイヤか。はめてみたい。はめてみたい。どうしよう。
「まずは自分ではめてみろ。サイズが合わなければ直さないといけないからな。
ちなみに俺の分はないぞ。そこまで余裕がないからな」
「それじゃあ、結婚指輪にならないじゃない?」
「なる。お前がそれをつけていれば、俺はそれで満足だから、結局結婚指輪になる」
・・・
影文の分を私が買いたいと、本当は言いたい。
だけどそういうことを言うのは失礼だし、影文の性格を考えると指輪は要りそうにない。
装飾品は、ネックレスでも嫌がるのだ。本当に時計だけ。
せめて・・
「せめてネックレスでも買っておく。?
そういうのが面倒くさいの、お前、知ってるだろ。だから俺は要らない。
折角お前待望のプラチナリングを買ったのだから、本当にそれをずっとしていろ」
本当にしよう。仕事中だけはできないが。
お風呂も炊事も洗濯もともに?
「ああ、とにかくなくさないように、永久にともに、だ。
はっきりと言う。俺はお前と結婚する。
いつになるか分からないけれど、自分でちゃんとお前を養えるようになるまで
とにかく待ってくれ。
そんなに待たせない予定が、条件さえ飲めばある。ただ、それは今は嫌だ」
「私も絶対嫌。前に聞いたあの話でしょ?」
「そうだ。だから今は止めておく。もっと文章の仕事を増やすから、
あまりここも手伝えなくなるかもしれないが、とにかく待ってくれ。でも結婚しよう」
・・・
これはプロポーズ?
ちゃんと答えなきゃと思うが、涙が出そうでうまく喋ることができない。
それに影文が改めて左手の薬指に嵌めてくれた指輪がよく見えない。
「それは老眼だ。俺もお前もいい歳だ。俺のを貸してやるから、老眼鏡でじっくり見てみろ」
ああ、とうとう老眼か。
でも影文は再会した頃から使っていたから、そんなものか。
老眼鏡を渡される。
プラチナの指輪はつけてみると案外重い。もう少し軽いイメージだった。
コンタクトの目で見るより、詳細なところがよく見える。
銀色に輝くリング。細身で繊細な彫りが施してある。指に嵌めると華奢で素敵。
そして真ん中に小さな・・0.03カラットのダイヤ。
老眼鏡がない方が、全体的にキラキラしててきれいだが。
老眼鏡ありだと、本当に彫りが美しくて、大満足。
影文のセンスに恐れ入った。
「恐れ入るのはいいけれど、老眼鏡をつけない方がキラキラしていいのなら
尚更よかったな」
私は頷くことしかできない。
・・・
「それで、プロポーズの返事を聞かせてくれるとありがたいんだが」
そうだった。答えていなかった。でもただ嬉しくて。
私はただ頷いた。でもそれだけでは足りないから。
影文の小指に指輪を嵌めてみた。入りきりはしないが、一応途中まで入る。
案外華奢な指なのだ。
「それはOKということだな。ムリヤリにでも入れてみろ」
「それは嫌!もう私の指輪!」
「だったら、俺の分の指輪は要らないし、永久にともにいることを誓ってくれ」
「誓います」
そういうと影文は、指輪をちょっと強引にその小指に差し込んだ。
「俺はお前のいいなずけから旦那に昇格だ。ただし皆の前ではいいなずけのままでいい」
「言う。洋介さんや美浦さんには言う。あと坂井さんも」
「おう。その三人には言えばいい。とにかく指輪をお前の指に嵌めてくれ。
俺はそれだけで今のところ満足だ」
今度は自分で嵌めてみる。ジャストサイズ。
もう絶対外さない。お店でもホントは外したくない。
「老眼鏡の花嫁さん、早く嫁にこい。俺も頑張る」
「老眼鏡の花婿さん、早く婿にこい。それなら話は早い」
二人で笑い転げた。この指輪は絶対になくさないで、ボロボロになるまで大切に使おう。
おわり
確かに私はそういう意味のことを言った。だからって。
・・・
「おう、言ったな。確かに言った。だから買ってきた」
それは昨年の秋に買ってもらったオパールの指輪。
影文の収入を考えると、別に安物という訳ではないのだが、というか、安くない。
まったく申し訳ないことを言ってしまったものだ。
とは言っても・・
まさか、1年置かずに別の指輪を買ってくるとは思わなかった。
しかもプラチナの結婚指輪だ。
目の前に置かれた茶色の箱に、私は驚愕した。
「だってお前、誕生日までに結婚したいって言ってたやろ。
だからと言って今すぐ結婚できる訳じゃないけどな。お義母さんのこととか色々あるし。
少なくとも俺はもう、いいなずけから卒業して旦那のつもりなんやけどな」
影文はにやりと笑って、早く開けろと目で促した。
私は白いリボンを恐る恐る解く。
中には、銀色に輝くリング。細身で繊細な彫りが施してある。
そして真ん中に小さな・・
「ダイヤ。一応な。0.03カラットらしいぞ」
そう言われればリングの真ん中にキラリと光る石がある。
これがダイヤか。はめてみたい。はめてみたい。どうしよう。
「まずは自分ではめてみろ。サイズが合わなければ直さないといけないからな。
ちなみに俺の分はないぞ。そこまで余裕がないからな」
「それじゃあ、結婚指輪にならないじゃない?」
「なる。お前がそれをつけていれば、俺はそれで満足だから、結局結婚指輪になる」
・・・
影文の分を私が買いたいと、本当は言いたい。
だけどそういうことを言うのは失礼だし、影文の性格を考えると指輪は要りそうにない。
装飾品は、ネックレスでも嫌がるのだ。本当に時計だけ。
せめて・・
「せめてネックレスでも買っておく。?
そういうのが面倒くさいの、お前、知ってるだろ。だから俺は要らない。
折角お前待望のプラチナリングを買ったのだから、本当にそれをずっとしていろ」
本当にしよう。仕事中だけはできないが。
お風呂も炊事も洗濯もともに?
「ああ、とにかくなくさないように、永久にともに、だ。
はっきりと言う。俺はお前と結婚する。
いつになるか分からないけれど、自分でちゃんとお前を養えるようになるまで
とにかく待ってくれ。
そんなに待たせない予定が、条件さえ飲めばある。ただ、それは今は嫌だ」
「私も絶対嫌。前に聞いたあの話でしょ?」
「そうだ。だから今は止めておく。もっと文章の仕事を増やすから、
あまりここも手伝えなくなるかもしれないが、とにかく待ってくれ。でも結婚しよう」
・・・
これはプロポーズ?
ちゃんと答えなきゃと思うが、涙が出そうでうまく喋ることができない。
それに影文が改めて左手の薬指に嵌めてくれた指輪がよく見えない。
「それは老眼だ。俺もお前もいい歳だ。俺のを貸してやるから、老眼鏡でじっくり見てみろ」
ああ、とうとう老眼か。
でも影文は再会した頃から使っていたから、そんなものか。
老眼鏡を渡される。
プラチナの指輪はつけてみると案外重い。もう少し軽いイメージだった。
コンタクトの目で見るより、詳細なところがよく見える。
銀色に輝くリング。細身で繊細な彫りが施してある。指に嵌めると華奢で素敵。
そして真ん中に小さな・・0.03カラットのダイヤ。
老眼鏡がない方が、全体的にキラキラしててきれいだが。
老眼鏡ありだと、本当に彫りが美しくて、大満足。
影文のセンスに恐れ入った。
「恐れ入るのはいいけれど、老眼鏡をつけない方がキラキラしていいのなら
尚更よかったな」
私は頷くことしかできない。
・・・
「それで、プロポーズの返事を聞かせてくれるとありがたいんだが」
そうだった。答えていなかった。でもただ嬉しくて。
私はただ頷いた。でもそれだけでは足りないから。
影文の小指に指輪を嵌めてみた。入りきりはしないが、一応途中まで入る。
案外華奢な指なのだ。
「それはOKということだな。ムリヤリにでも入れてみろ」
「それは嫌!もう私の指輪!」
「だったら、俺の分の指輪は要らないし、永久にともにいることを誓ってくれ」
「誓います」
そういうと影文は、指輪をちょっと強引にその小指に差し込んだ。
「俺はお前のいいなずけから旦那に昇格だ。ただし皆の前ではいいなずけのままでいい」
「言う。洋介さんや美浦さんには言う。あと坂井さんも」
「おう。その三人には言えばいい。とにかく指輪をお前の指に嵌めてくれ。
俺はそれだけで今のところ満足だ」
今度は自分で嵌めてみる。ジャストサイズ。
もう絶対外さない。お店でもホントは外したくない。
「老眼鏡の花嫁さん、早く嫁にこい。俺も頑張る」
「老眼鏡の花婿さん、早く婿にこい。それなら話は早い」
二人で笑い転げた。この指輪は絶対になくさないで、ボロボロになるまで大切に使おう。
おわり
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テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学