夢の途中

影文の昔の芸名は「桜井明信」。平凡なところがいいらしい。

本名の方がずっといいのに。「影文」なんてなかなかないのにと私は思う。



「昔やない。今も桜井明信や」



ひとり言の癖はもはや病気の域。読者もさぞかし分かり辛かろう。

今日は私も作家気分で・・と言いかけて止める。



影文は今、文章を書いて収入を得ている。

生活するのに十分とは言えないが、そこそこの額。

ちゃんとアルバイトもして不自由のない暮らし。



でもそこが、母の気に入らない点である。

それはさすがにもっともだと思う。思うが、こればかりは譲れない。

影文は役者としては今ひとつパッとしなかったが、文章は一流なのだ。

それにお店だって手伝ってくれている。



「おう、手伝ってるで」



ああ、どこから聞こえていたのだろう。

もう本当にひとり言は止めよう。

ここから先は、私も文章に書くことに決めた。

考え事はしばらくPCですることにしよう。





「影文、PC貸して」

「なんでや」

「初期設定、終わってない」

「・・」



ようやく重い腰を上げた。

さすがに自分のPCを使われるのは嫌らしい。

「時間掛かるから、店の準備してろ」



はーい、と返事をして私は煮物の下ごしらえをはじめる。

今日のつきだしは何にしよう。



これ、ひとり言になってないみたい。よし。

影文が、いや、明信が設定に失敗しても大丈夫!っと。



「できたで。あっさりできた。明信でやったらあっさりできたわ」



やっぱり直っていない。私が。



・・・


影文は京都出身である。

私は東京出身、と言いたいところだが、兵庫県である。

就職するときに東京に出てきた。



影文はしばらく大阪にいたまま、地元の劇団で活躍していた。

学業ほぼそっちのけで。

私はとても迷ったが、思い切って東京に出た。

それが第一回目の別れである。



影文とは大学2回生の秋から付き合い始めた。

サークル活動に夢中で、なかなか私の相手をしてくれなかった。

私の方は・・悔しいがずっと好きだったのに。



付き合い始めたのは私のひとり言から。

どんな言葉だったのか、教えてくれない。

秋の公演の打ち上げだったのは間違いない。間違いないけれど・・。



「お前、ほんまに忘れたんか。お前が俺に

『好きです。付き合ってください』って言ったんや」



嘘だ。絶対に嘘だ。私からそんなこと言う筈がない。

あんなに待っていたのだ。影文から言い出してくれるのを。



もう嫌。このひとり言。

さすがに影文はPCの画面を見ていなかった。

影文が店を出て行ったこの隙に、この文章を書き上げてやる。



・・・



とにかく私と影文は付き合い始めた。

影文は当時から俳優養成所のような所に通っていた。

本格的に芝居に打ち込んでいた。



私は半分役者、と言いたいところだが、結構器用なところを買われてあとは裏方だった。

舞台と言えばほんのワンシーン出演するだけ。

花形役者の筈なのに、影文は今とちっとも変わらない。

気さくで明るくて面倒見がよくて、機械音痴で貧乏性だ。



そう、機械音痴と言えば方向音痴。

昨日足りなくなった大葉を買いに行ってくれたようだが、迷子にならずに済むかな。



私の方が東京暮らしは長い。

けれど土地勘は似たようなもの。



似たもの同士、このまま長く一緒にいられたらいいな。

こんな素直なことが書けるのもPCあってのこと。

機械音痴だけは、どうあっても直して貰わねばならない。



・・・



「何書いた?見せてみ」

影文が帰ってきた。

嫌だ。こんな作品にもなっていない文章を見せるのは嫌だ。



「お、ひとり言が止まったな。やっぱりPC要るな」

止まっているのかいないのか。いや、これは止まっているぞ。よしよし。



影文が店の調理場へ立つ。どうやら得意の牛蒡と人参の和え物を作ってくれるらしい。

結構手間なのに、器用に作る。

そんな何でもできる影文が少し憎らしい。

似ているようで似ていない、と自分では思う。



だけど誰に聞いても二人は似ていると言われる。

陽介さんだって、坂井さんだって、美浦さんにだって。



「桜井明信」はまだ夢の途中だ。

彼はまだ、俳優を諦めていない。私だって本当は諦めていない。

あんなに熱心で、実力があって。本当にあるんだ。この世界は厳しいんだ!



「だ・か・ら。お前はしばらくずっとPCやってろ。

確かに厳しいな。この世界もあの世界もな」



ああ、怒らせてしまったか。

影文は笑いながら野菜を切っている。私は不安になる。

一番言ってはいけないデリケートな部分に触れてしまった。



「ここから先はお前が作ってくれ。俺はもう疲れた。

ちょっと休んでから、ウイルス対策しておく。

お前のひとり言ウイルスも止めるソフトがあればいいのにな」



影文の笑顔が私を救う。

頭をポンポンと叩かれて、そっと抱き寄せられた。



今日は私の完敗だ。あなたの好きにしてください。



おわり





【一言】


「かげふみ」6話目に入りました。

一体どこまで続くのか。

今回のは1話とか2話がベースになっています。

よかったら、そちらをご参照くださいませ。


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