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花も盛りを過ぎた頃~リップクリームも知らぬ頃 外伝~

☆ リップクリームも知らぬ頃 1

☆ リップクリームも知らぬ頃 2



この記事は どうか上の2つの記事を読んでからお読みください

そうでないとあまり意味がないというか

これを先に読むとネタばらしになってしまうので



今日は2015.1.17ですが 

できればこの記事は もう少しあとになってから公開しようと思っています

(と言いつつ我慢できずにもうUPしてしまう1.18)






「リップクリームも知らぬ頃」を書いてから

当時の写真を探した

記事の中に出てくるお別れ会の写真である



お別れ会の写真は三枚

一枚はレストランで食事をしている私とあと二人の女子生徒 

そして塾長であるO先生が写っていて

あとの二枚は集合写真

生徒だけの写真と O先生も写っているものである



・・・



写真のO先生は なかなかハンサムである

中学生だった私には 申し訳ないですが「オジサン」にしか見えなかったのですが

まだ若く おそらく三十代前半 脂の乗り切る前のイイ男である



黒いスーツに黒いネクタイ 薄い水色のYシャツを着ている

レストランではごちそうさまが言えなくて 本当にごめんなさい

私は浮かれていた上に コース料理もはじめてで

メインの肉が嫌いという残念な生徒でした



・・・



入塾したとき とても怖かったO先生

M先生も怖かったけど O先生の方が私は怖かった

それまで私は 勉強の面では家でも学校でも厳しくしつけられておらず

長時間ビシビシ指導され 竹刀を持っていて

宿題を山ほど出され 途方にくれた日々



「夏休みだけ」という親との約束で塾に入ったのに

「やっぱり続けろ」と言われ しぶしぶ通っていた

そして二学期末 成績表をもらうと 主要五教科全部がひとつ上がっていた



一番喜んでくれたのはO先生だったかもしれない

父は私の成績自体にはあまり関心がなかったし

母はそれなりにあったけれど 入塾の理由は当時友達の少なかった私に

少しでも友達が増えるといいということも含まれていたのだ



成績が画期的に伸びたのは 塾の効果以外に考えられず

それは指導者として とても嬉しいことであっただろう



・・・



私が定期テストのときに一人で自習しているとき

M先生は主に教室にいたが

O先生は事務室にいることが多かった

それでも英語や数学の質問は O先生にもしていたと思う

理科は M先生にしかしなかったけれど



父に 「あのとき 自分しか塾に行ってなかったのだから 休ませてくれればよかったのに」と

後になって話したことがある

父は 「先生も 一人も生徒がおらんかったら瀬がないやろ」と言った

O先生は事務室で 教室で一人で自習する私を 本当はどう思っていたのだろう

今も分からない



・・・



塾は当初

雑居ビルの少し入り組んだ 細い廊下を渡った先にあったのだけれど

二年生の途中に 大きな道路に面した角地にあるビルの二階へ移った

大出世 そして船出であった



私が入塾したとき もう一人男子生徒も入った

どちらもテスト入学だったが 夏休み後も継続して塾に通った

それからも 何人もの生徒がやってきて

盛況だった

卒業時には二十人くらいいたのではないだろうか 写真によると

そのうち五人くらいが 学区内で一番の公立高校に合格した

M先生が私に言ったことは 正解だった



そしてO先生に 謝りたいことがあります

受験の際 滑り止めの私立高校を受験しなかったことである

学校の先生にも母にも受けろと言われた

特に学校の先生には 「もし落ちたらどうするんだ」と強く 何度も説得された

けれど 私はどうしても受けたくなかった

兄がその四年前 公立高校の受験に失敗し 滑り止めの私立高校に進学したからだ



兄は私より頭が良くて

成績面での両親の期待は 私より兄にあり

私もずっとそう思っていて 兄が受験に失敗するなど考えてもみなかったのだ

自分もそうなることが怖かった

私は 公立高校に合格したいがため どんなに勧められても説得されても 首を縦に振らなかった



O先生は 確か何も言わなかった

少しくらい言ってくれたかもしれないけれど 記憶にない



心配させてしまったこと 申し訳なく思います ごめんなさい

そして私を信頼してくださったこと とても嬉しく思っています



・・・



阪神・淡路大震災のあと

塾はいつの間にか閉められていた

震災のすぐあとだったのか あるいはその前なのか

とにかく 私が震災後に訪ねたとき 塾はもうそこにはなかった

O先生は 遠くから車で通っていたので

今頃は 地元で塾を開いておられるのかもしれません

そうであって欲しいと 私は願っています



・・・



最後にひとつ。



O先生 あなたは私が一人で自習しているとき

私とM先生を二人で残して家に帰ってしまうことを 不安に感じたことはありませんでしたか

確かに私はまだ中学生で しかも真面目で奥手で

M先生にしても 学生とは言え塾講師であり 信頼していたとは言えども・・



私はM先生に対して 淡く甘い気持ちを抱いていたし

M先生だって 教室では勿論指一本触れませんでしたが

卒業したての生徒を すぐ近くの喫茶店ではなく

歩いて五分ほどかかる 塾から少し離れた喫茶店へ連れて行ったわけですから



見逃してくれたのですか 私の淡く甘い気持ちを。



・・・



そして 改めましてM先生へ



先生が連れて行ってくれた喫茶店は ごく普通の喫茶店でしたが

今のファミレスのようなオープンな喫茶店にしか行ったことのなかった私が

あなたが扉をあけたとき 思わず息をのんでしまったこと 気づいていましたか



あなたが撮った集合写真には

まるでお人形さんのように可愛らしい小柄な女の子がいたんですけど

もし 私じゃなくて彼女と偶然出会っていても やっぱり喫茶店に行きましたか



「リップクリームも知らぬ頃」

もしあなたが読むようなことが 万一あれば

それはオーバーだとか これは違うとか 色々反論もあるかと思うんですけど



私にあんな甘酸っぱい文章を書かせたのも 今頃写真をみて妙なやきもちを妬いているのも

元はといえばあなたのせいです

あの日 私を喫茶店に連れて行った あなたのせいですから。



おわり



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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

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